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プロフィール

アッキー

Author:アッキー
旅と写真、音楽がすき
カメラ片手にいつも
プラプラと旅しています


時々、写真展示もしてます
現在は「インド」の個展を
静岡県島田で開催中。

詳細→
http://tabisuruasia.blog.fc2.com/


ほっこり、ゆるく生きてます

☆PEACE☆


.
8/14に開催された
写真展記念partyの動画








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3ヶ月後の南三陸町その4

2011.06.19 22:26|未分類
昨日は、東日本大震災から100日。
こっちにいて普通の生活をしていると
まるであの津波や地震が遠い昔のことに感じてしまうけれど、
でも、まだまだ終わってません。
亡くなった方々のご冥福を祈ると共に、
被災してがんばってる方々に笑顔が戻る日が来ますように。


*************************************************

海はとても静かで穏やかだった。
あの恐ろしい津波が来たとはとても思えないくらい。
だけど、海に浮いてる丸いやつ(あれ、なんていうの?)なんかが
木の枝にひっかかってたり、車や船がひっくり返ったりしてる光景を
見ると、やはりあれは現実なんだな・・・と実感せざるを得なかった。

12時過ぎにアポをとってあった場所に到着。
南三陸町のT地区。
私たちの1週間前に物資を届けて周っていた知人から
「南三陸町に行くのなら物資を持っていって欲しい場所がある」
と紹介されていた場所。

到着すると、数人の方が出迎えてくれた。
初対面だけど、私自身も電話でお話をしていたし、
知人が話しを通してくれていたので、スムーズに事は運んだ。

車からダンボールの箱を出し、並べる。
集まってきた人たちが、目の前で欲しいものを持っていく。
_MG_6961-700.jpg

_MG_6963-700.jpg

 

前の日記にも書いたけれど、水、生理用品、化粧水、
洗顔フォームなどがメイン。
見る見るうちに箱は空になった。
最初、水が減らなかったので、「あれ?」と思ったけど
きっとみんながみんな水を必要としているのを、
そこに集まった人たちは知っているので、遠慮していたのかな?
と思った。

そこの方からお話を聞いた。

「水道から水が出て喜ぶ人もいるんだげど、

でも水じゃなくて海水だがらねー」


そう、水道からは海水が出てしまうんだそう。
ある程度のことは海水で済ませることも出来るけれど、
でも海水だから、もちろん錆びてしまうし、植物は枯れてしまうそう。
ここはまだ水道がちゃんと復旧していないのです。

車も流されちゃって、辛うじて残ったのは軽トラックのみ。
そしてみんな靴下を履いていなかった。
半分笑いながらみんなが素足を見せてくれた。
「靴下もない」状態だった。


自宅非難への方への物資は止まってしまっていて、
本当に物資を欲しているのは自宅非難の方々。
失業だってしちゃってるし、どうやってこれから生計を立てていくのか。。。
そんな不安もいっぱい感じられた。
話を聞いて、正直、何て答えたらいいのか分からなかった。
私なんかが簡単に物事を発言できるような状況ではなかった。
相手の話を聞いて、自分の中で一つ一つをかみしめて、
消化するしかなかった。


自分が同じ立場なら私はどうするだろうか?
その状況に自分を置いてみた時に、私には何が出来るだろうか?
津波で家族や友人、大切な人たちを亡くした人たちも多く、
だけど、悲しみに打ちひしがれてる暇もなく、
自分たちは生きていかなければならない。
だけど生きていく上で、必要なものがなかなか手に入らない。
でも、そんな状況なのに、代表の方はちゃんと前を向いていた。
前を見据えて、今後のことを考えていた。


実際、まだまだ物資は必要です。
ニュースなんかでは物資は有り余ってるようなことを言ってたりもします。
でも、それも間違いではないと思います。
あるところには、たくさんあるんです。
でも、ないところには本当にないんです。
今回、それを改めて感じました。


この場所に対して色々と動いてくれている方がいるのと、
こちらの地区にダーっと物資や連絡が殺到して、
代表の方に迷惑をかけてしまう恐れもあるので、
今回、この場所をあえて「T地区」としました。
でも、もしも興味ある方がいたらご連絡くださいな。

そして数人の方に見送られながら、その場所を後にしました。

今回、こちらに少しながら物資を持っていくことができて
私はとても嬉しかったし、よかったと思ってる。
おーちゃんもそう言っていた。
本当に物資を必要としてる方々の少しでも役に立てば・・・
そう思っていたし、目の前で見る見るうちになくなっていっていく光景に
私たちでも少しは役に立てることがあるんだな・・・と思った。
そして本当に少ししかないけど、喜んでもらえたことが嬉しい。
そして、短期間にも関わらず協力してくれた仲間には本当に感謝しています。
みんな、ありがとう。


そして来た道を戻り、瓦礫と化した場所を通り、
_MG_6971-700.jpg


どうやら駅だった場所を見つけた。
ナビには駅の表示。線路も落ちて崩れていた。
_MG_6974-700.jpg


だいぶ海から離れたところにも、津波の爪あとは残されていた。
そして私たちは南三陸町を後にした。


つづく。

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