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プロフィール

アッキー

Author:アッキー
旅と写真、音楽がすき
カメラ片手にいつも
プラプラと旅しています


時々、写真展示もしてます
現在は「インド」の個展を
静岡県島田で開催中。

詳細→
http://tabisuruasia.blog.fc2.com/


ほっこり、ゆるく生きてます

☆PEACE☆


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8/14に開催された
写真展記念partyの動画








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3ヵ月後の南三陸町その3

2011.06.19 22:19|ボランティア
翌日の朝。
ボランティアは基本的に自己完結な為、食料、水なんかは
ある程度持参しているので、コーヒー飲んだり、
朝からカップ麺だったり・・・とまあ、のんびり朝食。

そしてみんなとはそろそろお別れ。
本当に短い間だったけれど、出会えてよかった。
ドリンク剤を大量に持ってきていたので、
これから力仕事するメンズに差し入れ。

こういう状況で必死になって誰かの為に
瓦礫撤去や力仕事を頑張ってるメンズたちは
とても頼りになるし、かっこいいです
恐らく、女子みんながそう思ってることだと思います。
そして何かと面倒を見てくれた静岡の小松のおやじも本当にいい人だ。
小松のおやじと、村長に出会えたから、ここでの時間、
みんなとの距離がグッと近くなったんだ。
そして、これからも居続けるだろう村長とヤーマン兄。
彼らもそうだけど、一人で来ている人が多かった。
短期間の滞在の私たちにみんなすごくよくしてくれて、
テント泊や車中泊してる女子なんてほとんどみなくて
「私だけ?」って状態だったけれど、だけどとても居心地がよかったよ。
みんな、ありがとう

そして作業に向かうみんなを見送った。
みんなの背中はとてもたくましくて大きくみえたよ。


そして私たちはテントを片付けて、VCへテント許可証を返しに向かう。
三田さんと、小林さんを発見
ちゃんと最後に挨拶ができて本当によかった。

そして自衛隊のお兄さんたちとみんなと一緒に記念撮影。
CIMG0121-450.jpg


自衛隊は現地の人たちと一緒にがんばっています。
本当にかっこいいと思うし、現地の人たちにとても感謝されています。
小さな子供たちが「将来は自衛隊になる!」って言うのもうなずけます。
CIMG0119-700.jpg
 

そしてVCとお別れ。
VCを去ることが名残惜しいくらいだった。

そして津波で流されてしまった街に向かう。
道路が行き止まりになっていたり、
_MG_6922-700.jpg


本当に何もかもが壊れて、流されてしまっていた。
「戦後の日本みたい」とはよく聞くけれど、まさにそんな感じ。
ゴーストタウン。
自衛隊の人たちや、重機を動かしている人たちの姿が
ポツリポツリと見えるのみ。
_MG_6927-700.jpg
 

そんな時に一軒の店を発見。
何もない場所に「たばこ」が目立っていた。
_MG_6924-700.jpg

おーちゃんがたばこをずっと買いたがっていたので立ち寄ることに。
中に入ると、たばこ以外にもジュース、ビール、パンなども売られていた。
じゃがいもと、ネギも売っていた。
そういった野菜類も手に入るようになってきたとのことだった。
明るく元気なお母さんと、黙々と陳列するお父さんが切り盛りしていた。

この店の周りは本当に何もない。
お店の方に聞いたわけじゃないけれど、
きっとここに元々店があって、津波で流されちゃって、
それでも頑張って仮設の小屋でお店をオープンさせたんだろうな。
そして、ここのお店とかがきっと拠点になって、
「●●さんは○○にいるよ!」みたいな情報の中継地点みたいに
なったりしてるのかもな~と思った。
みんなの心の拠り所になるような、そんなお店なんだろうな。


そして、そこから少し車を進めると、先日小林さんが言っていただろうビルを見つけた。
_MG_6930-700.jpg

車が上に乗ったまま。
津波の高さを物語っている。

おーちゃんと車を降り、線香をあげ、手を合わせた。
今回は、線香を持ってきていたの。
私は前回のことがあったから、今回は線香を持って行って
祈りを捧げようと決めていたの。
おーちゃんもそれにつきあってくれて、
自分たちが何となく感じるような、ふと思うような場所を通りすぎる度、
2人でお線香をあげて、手を合わせて祈った。
苦しんで亡くなった人たち、思いを残して亡くなった人たち、
本当に、本当につらかったよね
そんなあなたたちが、安らぎの気持ちを持って逝けますように。。。

そして、私のそういうことにつきあってくれたおーちゃん、
本当にありがとう。


志津川中学にも行ってみた。
高台で、無事だったところの一つ。

(津波が来たときの映像)


そこから見る光景は想像を絶するものだった。

_MG_6934-700.jpg

なーんにもないの。
街が丸ごと流されてた。
言葉が見つからない。
津波の恐ろしさに身震いがした。


そして、先日おーちゃんが瓦礫撤去をした場所に連れて行ってくれた。
街とは少し離れたところにある、海が目の前に広がる場所。
_MG_6948-700.jpg

 
おーちゃんが瓦礫撤去のときに誰かから聞いた話しらしいけど、
津波が来る前は向こう側に見える岩の底が見えるくらい波がひいたらしい。
_MG_6950-700.jpg


そして、「ねえねえ、海がめは?」と私。

先日から「海がめ、海がめ」と騒いでいたので聞いてみた。

「ここだよ、ほら」

ひょーーーーーーーーーーーーーー!!!

本当に海がめだ
私は手の平サイズとかを想像していたのに、1mくらいかな?
かなり大きな海がめがひっくり返っていた。
おーちゃんが、海がめ海がめと呪文のように言っていた意味が分かりました。
大いに納得。
しかも想像より大きくてびっくりして腰ぬけそうになった
先日から海がめ海がめ言ってて、「何それ? は?」
とか思ってた私が、不覚にもすごく驚いてしまったので、
その姿にどことなく満足そうにしているおーちゃんでした(笑)

「剥製かな~?流されてきたのかな~?」

ん~。。。分かんない。
でも、今考えてみると、津波で流されてきた海がめだとしたら
きっと虫とか湧いてるだろうし、多分剥製かな・・・

そして瓦礫の横にはたんぽぽがあり、力強さを感じました。

そして、その後は海へ。
あんなに大きな津波がきて、街を飲み込んでしまった海。
それなのに、そんなことが信じられないくらい、とても穏やかだった。

_MG_6959-700.jpg
 

多分、津波が来る前は穏やかで、海の恵みも豊富で、
とても美しい海だったんだろうな。
そんなことを思いながら、海を見続けていた。



つづく。
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