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プロフィール

アッキー

Author:アッキー
旅と写真、音楽がすき
カメラ片手にいつも
プラプラと旅しています


時々、写真展示もしてます
現在は「インド」の個展を
静岡県島田で開催中。

詳細→
http://tabisuruasia.blog.fc2.com/


ほっこり、ゆるく生きてます

☆PEACE☆


.
8/14に開催された
写真展記念partyの動画








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3ヵ月後の南三陸町その1

2011.06.15 23:35|ボランティア
震災から3ヶ月。
私は、宮城県の南三陸町に向かいました。

地名を聞いたことがある人は多いと思いますが
陸前高田、気仙沼を下った辺りにその町はあります。

現地の人たちに現状を伝えてと言われました。
なので、今回は写真も掲載していきます。


東北道の築館ICを降りて、下道で向かう。
太陽が昇る。
_MG_6908-700.jpg



当たり前のことなのに、その美しさに感激してしまう。
あんなに酷い津波に襲われたこの東北にも
太陽はちゃんと昇ってくれて、夜は明けるんだ。

そしてしばらく進むと突然景色が変わった。
_MG_6911-700.jpg



南三陸町に入ったのだ。
ナビにある目印なんて全くない。

南三陸町のVC(ボランティアセンター)の駐車場に到着。
一時はかなり多くの被災者が非難生活をしていた場所。

隣に車を停めていた人たちと話をする。
流暢な英語を話すメキシコ人ビーさん、北海道からきている村長、
「静岡」ナンバーの小松のおやじさん、そして色んな人たち。
みんなとても気さくで、VCがまだ開いていなかったこともあり色々お話する。
どうやら、1ヶ月とかの長期滞在者たちが多く、
何かと色々詳しいので質問攻めにしてしまった(笑)
ちなみにその間は、おーちゃんは爆睡・・・
例の如く、起きやしない(笑)


そしてボランティアの受付が始まる。

CA3F0348-700.jpg


内容は自分で選べたので、私は「写真修復」、
おーちゃんは「瓦礫撤去」の作業に決定。

おーちゃんは瓦礫撤去のメンズたちとVCを去っていき、
私は写真修復作業なんだけど、ツアーの団体さんが60人くらい来たので、
急遽、カメラマン三田さんのアシスタントをすることに。
三田さんの仕事は、写真をスキャンして、それをフォトショップで
補正して、CDに焼くという仕事。私は、ひたすらスキャン。

三田さんも一ヶ月弱滞在しているようで、
この人がこれまた、世界中の世界遺産を撮影しながらの旅人。
南三陸町の状況とかも色々と話を聞かせてくれたり、
とにかく仕事がしやすかった。

昼は持ってきたおにぎり2個を食べる。
東北に向けての出発前に友達の家に遊びに行ってたんだけど、
その友達が「私は何も出来ないから、せめておにぎりくらい作らせて」
と言ってくれ、私とおーちゃんの分の
でっかいおにぎり6個を作っていてくれたの。
本当においしかった。ありがとう


昼は三田さん、南三陸町の小林さんというおばちゃんと3人で食べる。
小林さんから津波の話や、今後の南三陸町の話を聞かせてもらったり。

「どの道から来たの?」

と聞かれ、「築館で降りてきた」と答えたら

「じゃ、町を通ってきたんだね」と言われた。

「え?町?通ってないと思うけど・・・」と答えたら、

「あー、町、全部流されちゃったからわがんなかったんでしょ」と返事。


私は言葉を失ってしまった
そっか、あのたくさん山積みになった瓦礫は、町だったんだ・・・

地元の住民の小林さんが色々教えてくれたおかげで
何となくの地形がわかってきた。

そして昼の休憩時に車に戻ったら目の前に「富士山」ナンバーの車発見!!
話をしてみたら、隣町に住んでる人だった。
なんともすごい偶然!
と思ったら、もっとすごいことに共通の知り合いがいた(笑)
世間は狭い~(笑)
彼女たちは物資を届けにきていただけらしく、
私も時間がないので、すぐにお別れしてしまった。
(でも連絡先の交換はちゃんとした)

そして午後。
午前の団体が一気に帰ってしまったため、
私は写真修復の方を手伝うことにした。
あんなに午前中はいっぱいいたのに6人くらいしかいない。
しかも日曜なのに・・・
南三陸町は交通の便があまりよくなく、車じゃないと入りにくいから
石巻や他のエリアと比べてボランティアの数も少ないみたい。
最初は石巻に行っていたけど、南三陸町に移ってきたという何人かにも会った。

写真修復作業
泥や砂まみれになった写真、アルバムなんかを修復していく作業。
中には賞状とか、貯金通帳とか、パスポート、学生証、
年賀状、手紙・・・そういったものも含まれている。
津波で流されてしまったものを自衛隊の方たちが拾ってきて、
それを修復して、写真展示して持ち主に返すという仕事。

全く顔が分からないものは処分。
少しでも分かるものは写真を洗ったりして、きれいにしていく。

結婚式の写真、赤ちゃんの写真、恋人との写真、
家族の写真、職場らしき人たちとの写真、
体操してる写真、旅行の写真・・・

そこにはたくさんの思い出や歴史が刻まれていた。
こすると消えてなくなってしまうものも多かった。

私は写真が好きだから、この仕事は私にはもってこいだと思っていた。
だけど、私は甘かったんだ。

全く知らない人たちだけど、
その写真の中には笑顔や、色んな感情がいっぱいあって、

「この人は無事だっただろうか?」とかそういう思いでいっぱいになってしまい、
写真を洗いながら、涙が止まらなくなってしまった。
一人で泣きながら作業を続けていた。
感情移入しやすい私は、それがつらいものに変わってしまっていた。


そんな時に、大分県から長期滞在で来ていてみんなから親しまれている
スーパーボランティアのおじさんが、

「いい写真だね」と話しかけてきた。

「持ち主の元に戻るといいですね」と答えると、

「絶対に持ち主に返す。絶対に生きてる。だから絶対に返す。
その為に、こうやって作業してるんだよ」

とおっしゃいました。
その言葉に胸がいっぱいになって、
また一人で泣きながら、マスクの中は鼻水でジュルジュルになりながら
作業を続けました。

その言葉を聞くまで私は、

「無事だといいな」とか、「この人は生きてるだろうか?」

とかそういう気持ちで作業していた。
でも、そうじゃなくて、

「絶対に生きてるから、本人に返す」

って言う気持ちで作業したいという思いに変わりました。
そう思うと、写真の中の人たちのことが本当に愛しくて、
この人たちがこの写真を手にした時のことを考えたり、
笑顔がまた戻ったりしてくれたらいいなとか思ったりして、
そしてこうやって出会えたのも何かの縁だなと感じました。

私が手がけた写真に写った人たち、
あの場所でたくさんの人たちが修復した写真たち。
今月の17日くらいから8月まで、写真展が行われるみたいです。
あの写真に写ってる人たちが、取りにきてくれますように。
絶対に生きててください。
そして、あなたの、あなたの大切な人たちの写真を取りにきてください。

この数時間で、私は多分色んなことを教わった。
それは今後の私にとって必要なもの。
大切な人や家族。
そして何が大切か。
そういうことを、この数時間でとても考えたし、
それを大切にしていきたいと強く、強く感じた。


つづく。

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コメント

スーパーボランティアのおじさん、とてもいい話しですね。
強い信念はきっともっと凄まじい状況を経験されて、生まれてきたのではないかなぁ。

むらちゃんさん>

お返事遅くなりました~。すいません。
スーパーボランティアのおじさん、本当に素敵でしたよ。
あの中では有名みたいだから、むらちゃんさんも会ったことあるかも?
赤いツナギの服着てる方です!
むらちゃんさんの仰るように、恐らく凄まじかったり色んな経験をしてきたんじゃないかな?って思います。
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