FC2ブログ
08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
FC2カウンター

プロフィール

アッキー

Author:アッキー
旅と写真、音楽がすき
カメラ片手にいつも
プラプラと旅しています


時々、写真展示もしてます
現在は「インド」の個展を
静岡県島田で開催中。

詳細→
http://tabisuruasia.blog.fc2.com/


ほっこり、ゆるく生きてます

☆PEACE☆


.
8/14に開催された
写真展記念partyの動画








最近の記事

リンク

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

東北日記 完結

2011.05.07 23:22|地震
◆5月5日の日記

何から書いていいのかわかりませんが、
昨夜、無事に自宅に戻りました。

今日は長くなりそうです。


私が訪れたのは、岩沼、名取、山元町、亘理という
仙台空港近辺のエリアでした。

ボランテイアをしたのは体調を崩してしまったので2日間のみ。
ボランテイア受付にはすごく人がいっぱい並んでいました。
GWというタイミングだったので、多くの人が様々なところから
東北入りしていました。

私がボランテイアをさせてもらったのは、
岩沼で恐らくベスト3に入るくらいの大きな農家さん。

津波の影響で田んぼの中に大木があったり、
ヘドロまみれだったり。
私がいた時、その農家さん宅のみでも
80人くらいのボランティアを受け入れてたりしましたが、
正直言って、まだまだ人手は必要です。

そこのお父さん、お母さんが陽気で、明るくて
何だか、津波被害にあった親戚の家の手伝いに行ったような、
そんな感じでした。

私は、パレットを洗っていました。
乾燥してしまった泥や藁、カビが生えた米がこびりついたパレット。
それを一枚一枚洗っていきました。
ゴーグル、マスクも、もちろん真っ黒。

泥だしをしている男の人たちはとても大変そうだったけれど、
文句一つ言わず、働いていました。
泥まみれだけど、男の人も女の人も何だかみんな輝いて見えました。



私が滞在していた岩沼のテント村は公園でした。
まるでフェスみたいな感じだったけど、
聞こえてくるのは関西弁がとても多かったです。
やっぱり、自分たちも同じように地震被害があったから
他人事と思えなかった人が多かったようです。

年齢層も幅広く、私たちは65歳の元気いっぱいな大阪出身の
おっちゃんたちと仲良くなりました。。
ホットケーキにはちみつ、シナモンをかけたのをいただいたり。
しかも美味。
とにかくパワフルな4人でした。

あと、一見怖そうで、や○ざさんみたいな雰囲気?な人がいたけど、
話したら実はめちゃめちゃいい人でした。
多分、すごく心があったかい。って思う人にも会いました。
一人で来ていて、2週間以上ボランテイアで滞在すると言っていました。
人は見かけじゃないなと思いました。



若い人も多かったです。
恐らく、初めてテントをたててるだろう人もいました。
テントのたて方が下手だったので、一目見て、初だろうなって思いました。
でも、初テントでドキドキしてるだろうけど、
それでも、例え一人でも来ようっていう、
そういう気持ちに何だか心を打たれました。


沿岸部はまだまだ入れないところも多いです。
宮城に着いた日に、現地の友人のトモ家族が
沿岸部に連れて行ってくれました。

通行止めになって、信号もとまっていて、
自衛隊の人たちが交通整備していたり、
瓦礫となったものを片付けていました。

道路の両脇には瓦礫の山。

どこからか流れてきた船。

逆さまだったり、へこんだりしている車。

ボロボロになってしまった家。

何もなくなって、ぐしゃぐしゃになったコンビニ。


TVでも見てきた光景だったけれど、
それがずーっと延々と続いていました。
自分の目で見るその光景は、TVで見るものの何倍も怖かった。
空気が凍ったかのように感じた。

家や車に黄色や赤い旗がついているエリアもありました。
危険度を表しているようだけど、海に近ければ近いほど、
赤い旗だったように思います。


津波を受けたエリアは、焼け野原とは違うけれど、
なんていうのかな、
まるで戦後の日本でした。
(戦後は知らないけど・・・苦笑)


至るところにいた自衛隊。
自衛隊の人たち、かっこよく見えました。
普段、自衛隊のことを色々言う人もいると思うけど、
少なくとも、私が出会った現地の人たちはみんな、
自衛隊に感謝していました。
私も、自衛隊に感謝しているし、
自衛隊の人たちの頑張ってる姿を見て、
私たちも頑張ろうって思えました。


仮設住宅がテント村の近くに出来ていて、
ちょうど、仮設住宅に入る日に遭遇しました。
小さな表札とポストに名前が入っているのを見て
何だか私までちょっと嬉しくなりました。
決して状況はいいわけじゃないけれど、
避難所で寝るよりも、プライベートも少しだけあるわけで、
嬉しそうな顔を見るとこっちまで嬉しくなるわけです。

でも現状は、まだまだです。
避難所で生活してる人もいっぱいいるし、
いくら家が残っていたとは言え、大変な人もいっぱいいます。

避難所の外で、一匹の犬に遭遇しました。
遠くから悲しい泣き声が聞こえてくるので探してみると犬でした。
長いロープなのに、木にロープがからまって短くなっていたので
からまっているのを直しました。
この犬の主人がきっとそこの避難所にいるんだと思うけど、
この子もきっと津波の恐怖を味わったんだと思う。
ご主人が側にいないからなのか、
それとも、津波や地震の恐怖を思い出してるのか、
とても悲しい泣き声でした。
数日間、その犬に会いに行きましたが、
最後の日の夕方にはいなくなっていました。
きっと、ご主人様が仮設住宅とかに入れたんだろうな。
一緒に連れていってもらったんだろうな。
そう思いました。


岩沼市民からテント村に差し入れもありました。
やきそばもらったり、ボランテイアセンターで
ボランテイア向けに炊き出しがあったり。
ボランテイア先でも、おいしい豚汁や、ジュースの差し入れもありました。
みんな、すごくあったかかったよ。
被災者も、ボランテイアもみんながんばってたよ。


私が見てきたのは、ごく一部。
いくつもの県にまたいでいる今回の地震、津波被害。

街中はスーパーには物があるし、食料もあるし、
不自由はないように見えるところもある。

でも、そうでないところもいっぱいあって、
何だかそのギャップがまだ飲み込めません。


私に出来ることは何だったのかはまだわかんないけれど、
でも、現地に行って自分の目で見て、感じてきて、
行ってよかったと思っています。


基本的には自炊をしていましたが、
経済をまわすのも一つの手段。
現地にお金を落としていくのも一つの手段かな?
そう思って、牛タン、喜多方ラーメンも食し、
飲みにも行きました。

帰りには福島に寄りました。
宮城、福島の現地の友達たちの元気な姿も見れてよかった。
一安心しました。



GWも終盤にきて、ボランテイアの数も正直言って、
これからどんどん減ってしまうと思う。
これからも、確実に人手、ボランテイアは必要だと思う。
もし、行ってみようかと思ってる人がいるのなら
是非、いってください。
事前に下調べなんかはたくさんして行ったほうがよいけど、
でも、手は必要だから。


私は、現地にいるときは、「今、自分に出来ることをする。」
ってことに必死だった気がする。

でも、帰ってきてちょっと反省点もでてきてるから、
やっぱり、また行こうと思う。
というか、行く。



私、やっぱり東北好きなんだな~と思う。


がんばっぺー、東北!!!!


スポンサーサイト



コメント

非公開コメント