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アッキー

Author:アッキー
旅と写真、音楽がすき
カメラ片手にいつも
プラプラと旅しています


時々、写真展示もしてます
現在は「インド」の個展を
静岡県島田で開催中。

詳細→
http://tabisuruasia.blog.fc2.com/


ほっこり、ゆるく生きてます

☆PEACE☆


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8/14に開催された
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ネパールのお父さん

2010.12.10 20:18|
私にはネパールのお父さんがいる。

2008年ににネパールに行った時に
何回かに渡って滞在させてもらった友人swastikaの実家。
swastikaは日本で留学生をしてるので、
swasitika本人はネパールにいないのに、
何故か彼女の実家に滞在することになった私。
家族は彼女のお父さんとお母さん、彼女のお姉さんと妹がいる。

彼女の実家で過ごした初めての夜は、
ネパールにはありがちな停電で、部屋は真っ暗。
そんな中、家族みんなでキャンドルの灯りを頼りに色んな話をしたんだ。



姉のマニカは私と同じ歳ってこともあって、
気づいたらもう何年も前から知ってる親友みたいになっていた。
妹のソニバはシャイな子なんだけど、
いつもニコニコしてやさしい子。

お父さんはホテルマンだから英語もなかなか話せて、
何種類か地酒を出してきて「飲め飲め」と勧めてくる。
別の日にはワインまで買ってきてくれて一緒に飲んだ。
お母さんは寒い夜の為に湯たんぽに熱々のお湯を入れてくれた。

私がポカラからカトマンズに戻ってきた時も
「家に来なさい」と言われたけど、
ずっと居候じゃ申し訳ないと思い、別のとこに宿を取っていたのだけど、
体調悪くて寝込んでしまったことがあり、すごく心配してくれて、
「家に戻って来なさい」と言われ、家に強制送還されたりしたこともあった。

別の日にはお父さんの働くホテルに連れて行ってくれて
料理人に私の為に和食テイストの料理を作るよう頼んでくれてあった。
ホテルマンのお父さんはとてもあったかくて、
私でさえもすぐ分かるくらい、ホテルの従業員みんなに親しまれていた。



とにかく本当にあったかくて、
大好きな私のネパールのお父さんとお母さんなのだ。


「この家はアキのネパールの家だから、また帰っておいで」

お別れの日、お父さんはこう言ってくれた。
別れの空港では、お母さんが「長旅で、お腹減るでしょ」と言って
ナッツがいっぱい入った袋をくれた。
そして、オレンジ色の花の首飾りをかけてくれた。


私がネパールを大好きな理由の一つは
この家族が大好きだからだと思う。

そして、ネパールが好きになった理由の一つは
この家族に出会ったからだと思う。

私のネパールは、この家族あってこそのネパールなのだ。




それなのに、
昨夜、swastikaから携帯に一通のメールが来た。
お父さんが亡くなったと。


事故にあったらしい。
急すぎる現実を、まだ受け止められない。

来年はネパールに行って、
ネパールの家族に会いに行くつもりだったのに。
信じられない。
こんな現実、受け入れたくない。


今すぐネパールに行けない自分が、とてももどかしい。

お父さんにもう一度会いたい。。。。

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