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プロフィール

アッキー

Author:アッキー
旅と写真、音楽がすき
カメラ片手にいつも
プラプラと旅しています


時々、写真展示もしてます
現在は「インド」の個展を
静岡県島田で開催中。

詳細→
http://tabisuruasia.blog.fc2.com/


ほっこり、ゆるく生きてます

☆PEACE☆


.
8/14に開催された
写真展記念partyの動画








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気分はメキシコ

2011.05.31 22:33|
サボテンの花が咲いてる。
すごく大きな花で、多分この写真と同じくらいのサイズ。

サボテンもいつの間にはすごく大きくなってて、
まるで気分はメキシコ。

saboten2のコピー

以前、近くにあったメキシコ料理屋が気づいたらなくなっていて
タコスがなかなか食べれなくなってちょっと悲しい。

そして5月も今日で終わり。

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チベット亡命政府

2011.05.31 22:18|チベット
ついに、この日がきちゃいました。

ダライ・ラマ、政治権限を首相らに移譲
ニューデリー(CNN) チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が、
政治、行政上の権限をチベット亡命政府の首相らに正式に移譲した。
亡命政府の報道担当者が31日に発表した。

同担当者によると、ダライ・ラマは政治指導者としての権限移譲を可能にする
チベット憲章(憲法に相当)の改正案を29日に承認した。
改正案は、インド北部ダラムサラで3日間開催された亡命議会で可決されていた。

チベットの政治上のトップは先月の選挙で新首相に選ばれたロブサン・センゲ氏が引き継ぎ、
ダライ・ラマは今後、宗教指導者としての役割のみを担うことになる。

ダライ・ラマは今年3月、
「民主化の手続きを完了するために、選挙で選ばれた指導部に私の権限を譲り渡す時が来た」
として、政治活動からの引退を表明していた。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110531-00000007-cnn-int

前からこうなることはわかってたけど、
ついに引退かあ。。。
とは言え、政治的な活動からの引退であって、
今後も、たくさんの人たちにお話を聞かせながら世界中を飛び回るんだろうな。

また元気な姿を見せてほしいな~。


わたしたち人間には
愛や思いやりを称えられる能力があります
このささやかな能力こそ
人間のもっとも大切な天分だとわたしは思うのです
<ダライ・ラマ14世の言葉>



ムラジッチ

2011.05.27 23:34|世界のニュース
個人的にかなり驚いたビッグニュース。


■ボスニア内戦の戦犯をセルビアで拘束、15年間逃亡の末
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110527-00000892-reu-int


ラトコ・ムラディッチ

ついに逮捕されたんだね~。。。

何が正義で、何が悪なのか、
分からなくなっちゃうのかな。
戦火の中では誰もが狂人になってしまうのかな。

でも、こんなに大量虐殺しても
もしなんとも思わなくて、それが正義だと信じていたのなら
人って怖いなって思ってしまう。

争いにはどっちの言い分もあって、
どちらも言いたいことがあるんだろうけど、
でも、やられたからやりかえす。
そして、またやられたからやりかえす。

これだと繰り返しだよね。。。
永遠に終わらないよね。


もし私が例えば家族や愛する人たちをこういう形で
奪われたとしたら、やっぱり憎悪が沸いて、
その感情を抑えられるのかな?
とか思ったりすることもあるんだけど、
その状況は現実的ではないかな?とか思ったりもする。
でも、ごく一例だけどチベットとか、ダルフールとか、
そういう現実と背中合わせな人たちがいたりするわけで。
そう考えると、私の暮らしている状況って
何て恵まれているんだろうって思ったりします。



ビンラディンのニュースも衝撃だったけど
個人的にはこっちのニュースの方が衝撃でした。。。
あ、でもやっぱりラディンも衝撃だったから
同じくらいということで。



ラトコ・ムラディッチ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%81

雨の日のバラ

2011.05.23 20:30|
庭に咲いているバラ。
まだつぼみもいっぱいある。
毎年、キレイに咲いてくれてありがとう。

_MG_6880のコピー

どこかに出かける用事がある時の雨の日は
少し憂鬱になるときもあるけれど
そうでない時の雨の日は
ゆっくりした時間を過ごせたり
物思いにふけたり
雨の日も悪くないなあと思ったり。

雨の日のバラはとてもきれいです。


富士五湖

2011.05.23 20:11|休日
土曜は仕事が終わってから、ジュンチと山中湖へGO.
GWに宮城にボランティアに行っていたのだけど、
そこで出会ったボランティアの大阪のおっちゃんたちが
富士山周辺に来るとのことでお誘いがあり、山中湖へ。
途中、あまりにお腹が減っていたので台湾料理を食べPICAへ向かう。

・・・が、どうやらPICA違いでした(笑)
私は山中湖にあるPICAのレストランが好きで、PICAと言ったら、
もうそっちしか思い浮かばなかったけれど、
そっちじゃなくて富士吉田の方でした・・・(苦笑)

そんなわけで予定していた7時到着どころか9時近くになって到着。
大阪のおとうさんたちは、関東、関西から集結して20人くらいいました。
土曜に富士登山して頂上からスキーで滑り降りてきて、キャンプして宴会中だった。
なんというタフさ!!
みなさん、本当にアクティブです。
あたしは富士山の頂上まで登ったことは1度だけあるけれど
もう二度と登りたくないので(体力ないので・笑)尊敬しますわ。
だって、大阪お父さんは65歳。
それなのに、富士登山した上、スキーでおりてくるなんて!!
あたしは自分が65歳になったときにそんな元気な自身ないもん(苦笑

でもでも、静岡県民にとって富士山は登るものではなくて
そこにあるもの。見るものなんだよね。(なーんてね・笑)

IMG_6875-450.jpg


猪鍋をふるまってもらっちゃいました!
・・・とは言え、私、極力お肉はひかえているのですが
(ベジタリアンではないのですが、極力食べないようにしております、ハイ)
でも、食べたら臭みもなくおいしくいただいちゃいました。

ヘッドライトをつけていると「それなのに登山しないの~?」と言われました。
よく見ると、皆さん、ヘッドライトを頭につけてました。
登山する人たちにとってはヘッドライトは必需品なんだろうね~。
地震以来、このエリアは計画停電エリアだったので停電続いたというのもあるし、
両手が使えるから、ヘッドライトはとっても便利なんすよ!!

あと「MILLETのリュックなのに登山しないの~?」とも言われました。
そういえば宮城で話しかけられたときも
「登山するの?」って聞かれたことがキッカケで話をしたんだった。

MILLET=登山なのかな~?

あたし、ミレーは結構好きで実は何個かリュックを持ってます。
丈夫だし、ポケットがいっぱいついてるのが好きで、
あとはデザインや色もいい感じのが多いので、ミレーのリュックは重宝してます。
基本的に私がザック系を選ぶ基準は背負いやすさは一番ですが、
ポケット重視なんです(笑)
ポケットいっぱいついてるのが好きなんです。


それにしても、元気いっぱいな大阪のお父さんはじめ、
山登りの方々との束の間の宴会はあっと言う間に時間が流れました。
宮城のボランティアでテント張ってたところが近くて知り合って、
こうやって再会できるのも、なんだか不思議な気がします。

ありがとうでした。

その後は、Red Blackに向かう。
本日は東京からたくろーくんがDJやるとのことで、遊びに行ったのですが
Red Blackの外にテントを張らせてもらいました。
去年の夏のボーダーズスプラッシュの時はテントがいっぱいだったけど
この日は私たちのテント1張だけでした。
広々と使わせていただきましたよー。
たくちゃんに会うのも久々だったなー。
相変わらずのモヒカンでした。
たくちゃんはいつもベース弾いてるところしか見たことないので
DJ姿は新鮮でした。
イタリアンレストランでシェフをしているというフランス人もいたり。
(フレンチかと思ったらイタリアンって辺りが笑えた)
オーナーのノリさんの太鼓を叩いて遊ばせてもらいました。
楽しかった~♪

たくちゃんのDJやら、色んな人の音楽を聴きながらお酒を飲み、
めちゃめちゃ眠くなり3時くらいにはテントで就寝。

翌日の日曜は、河口湖、本栖湖に行き、本栖湖で睡眠不足のせいか
二人で爆睡。

あっと言う間に休日は終わりました。

あたたかくなってきたしキャンプシーズン到来だね。
今年もキャンプするぞー。

TODOROKI

2011.05.15 19:24|アート
今年も、伊豆高原三人展「TODOROKI」に行ってきました。

o0800056411223277515.jpg


o0800056311223277514.jpg




初夏の伊豆はとても気持ちがいい。
天気もよくて、緑がいっぱい

ニノくんは先日、ONE LOVEと言うチャリティーイベントで会ってたけど
ひだまりの二人には会うのはすごく久しぶりな気がする。
豊くんとは去年のこの展示会以来(笑)
みんなの笑顔でほっこりする。
開催場所は「ピースビレッジ」
まさにピースな空間。
大好き


ニノくんの絵も、豊くんの絵も、
うまく言葉に出来ないけれど去年とすごく変わった気がした
そしてHiDAMARiのガラスも、いい意味で変わってる気がする。

_MG_6826.jpg

_MG_6830.jpg

_MG_6828.jpg


今回、私はHiDAMARiのガラスをゲットしようって思っていた。
でも、どれもこれも魅力的で選ぶに大変
ファーストインスピレーションで選んだものは
宇宙みたいなガラスだったけど、色々とあーでもないこーでもない
いいながら私の手元にやってきたのはこのガラス
CA3F0329.jpg



以前ゲットしたものもあるんだけど、
今回は全く違った感じのガラスを選んだ。
HiDAMARiのさえちゃんやりゅーちゃん、
私がこのガラスを選ぶとは・・・って意外に思ったかな?

自分でも意外な気がしたけれど、これを選びました。
多分、私がこれを選んで、私の元にやってきたのは意味があることかな?
そんな風に感じてます。

太陽の光にかざすと、角度によって全く違った顔を見せるガラス。
このガラスの中の世界観が不思議で素敵で、たまりません。


とってもいい空間、いい時間でした。
すっかり癒されました。
開催は22日までです。
初夏の気持ちいい伊豆を体感しながら、
アートに触れられる。
是非、遊びに行くべし!!!


【TODOROKI】
開催期間:
2011年5月14日(土) ~ 22日(日)
OPEN 10:00~16:00

場所:
I.P.V (伊豆ピースヴィレッジ)
〒413-0232
静岡県伊東市八幡野1247-11
TEL 0557-51-1730

作家:
HiDAMARi glass (Glass Art)
http://hidamari-glass.com/

岡田 豊 (画家) 
http://ameblo.jp/upindeyutaka/

二宮 康範 (絵描き)
http://funput-nino-peace.blog.ocn.ne.jp/


CA3F03300001.jpg


回復

2011.05.15 16:14|地震
ご心配おかけしました。

アッキー回復しました。

あったかい言葉、色んなアドバイス、
本当にありがとう。

でも、自分のメンタル面の弱さも分かったし、
(でも、これは多分被災地を訪れた人はきっと感じることだと思う)、

色んな意味でいい勉強、経験になりました。


でも、現地に行くことは、
私には必要なことだったと思うし、
それを経験するのは大切なことだと思いました。
行った人、見た人、感じた人じゃないと分からないものが
そこにはやっぱりあるんだよ。


そして、それでもやっぱりまた行きたい。
その気持ちは変わりません。

見たからこそ、感じたからこそ、
あの場所が少しずついい方向に変わっていくのを
ちゃんと見届けたいし、応援したい。

もし行きたいと思って迷ってる人がいたら、
本当に是非行ってほしい。
まだまだ人手は必要です。本当に。





◆宮城災害ボランティアセンター
http://msv3151.c-bosai.jp/index.php?top

◆岩手災害ボランテイアセンター
http://www.iwate-shakyo.or.jp/

◆福島災害ボランテイアセンター
http://www.pref-f-svc.org/

◆被災地の色んな県をまとめてます
http://www.saigaivc.com/県災害vc/


弱音

2011.05.07 23:28|地震
東北での日記を一気にアップしました。

4/28 出発
4/29 宮城(名取、岩沼)到着
4/30 岩沼でボランティア
5/1  岩沼でボランティア
5/2 岩沼滞在
5/3  福島(喜多方、福島市移動)
5/4  早朝に東京着。用を済ました後、夜、帰宅。

こんな感じのGWでした。
帰ってきた日の夜は大丈夫だったんだ。
まだ緊張の糸が張ってたのかもしれない。

でも、何かこっちに戻ってきてからもずっと体調が優れず、
全く疲れがとれない。

昨日は仕事が終わって帰宅して少し寝て、
ご飯食べて9時半とかには寝たのに全く疲れがとれず、
久々に出来てしまった唇ヘルペスも全く治らない。
いつもは翌日には治ってしまうくらいなのに、
今回はすでに5日以上治らないまま。
こんなの初めてだ。

こんな脱力感、初めてだ。

ずっとずっと考えてた。
何でこんなに疲れがとれないんだろう?
確かに、昔と比べると体力が落ちてるのは否めないし、
「手術の影響で疲れやすくなる」って同じ手術をした人から聞いてるから
去年の手術の影響もあるとは思うけど、
あまりにおかしい。

そこでふと気づいてしまった。

私、もしかしたら身体的なものじゃなくて
精神的なものから疲れが取れないのかも。。。と。

多分、思いのほか、消化できてないんだと思う。
頭ではわかってるけれど、心がまだそれを受け入れきれてない。

現地では「今、目の前にあること」を
一つずつこなしていくことに必死だった。
だけど、今はそうじゃなくて。

現地にいた時よりも今の方が辛い。

現実を見て、受け止めて、自分は大丈夫。って思ってたけど
思った以上にダメージを受けていたみたい。
全然大丈夫じゃなかったんだ・・・きっと。

でも、それに気づいた瞬間、
少しだけモヤモヤしてたものが小さくなった。
この無力感に少しだけ理由付けができた気がした。


こんなこと書いてて、そんなこと言うなら行かなければいいのに。
って思う人もいるかもしれないね。

確かにその通りかもしれない。


でも、行かなければこういう思いは感じなかったと思うし、
それでもやっぱりまた現地に行きたいっていう気持ちがあるんだよ。


私は被災者じゃないし、
今は何でも普通にある生活をしてるけど、
でもやっぱり被災地のことを思うと、
どうしようもない感情がどっと溢れてきて、
それを言葉にするのはすごく難しいし、
被災者の人たちの悲しみに比べたら私の悲しみなんて
本当にちっぽけだけど、
でも、痛みを感じてる自分に気づいて、
ちょっとだけほっとした。
身体的な疲れだけじゃなくて、心が折れそうになってるから
なかなか回復しなかったんだなって、
そう思ったんだ。

だから今回のこの無力感、脱力感、
そしてこのヘルペスは、
私が感じてる痛み、苦しみなんだ。
そして、それを乗り越えなきゃいけないんだってことも
心のどこかでは、分かってるんだよ。



弱音な日記だけど、
きっと後々これを読んで
「わたし、よわかったなー」
って後になって思う時が来るかもしれないし、
この今の感情を絶対に忘れてはいけないと思うから。


少しずつ、元気になっていくと思うから
こんな私ですが、みなさん、あたたかく見守ってやってください。


でもね、それでもやっぱり現地にまた行きたい
っていう気持ちは変わらないよ。
むしろ、強くなってる。
なんでだろうね。


東北日記 完結

2011.05.07 23:22|地震
◆5月5日の日記

何から書いていいのかわかりませんが、
昨夜、無事に自宅に戻りました。

今日は長くなりそうです。


私が訪れたのは、岩沼、名取、山元町、亘理という
仙台空港近辺のエリアでした。

ボランテイアをしたのは体調を崩してしまったので2日間のみ。
ボランテイア受付にはすごく人がいっぱい並んでいました。
GWというタイミングだったので、多くの人が様々なところから
東北入りしていました。

私がボランテイアをさせてもらったのは、
岩沼で恐らくベスト3に入るくらいの大きな農家さん。

津波の影響で田んぼの中に大木があったり、
ヘドロまみれだったり。
私がいた時、その農家さん宅のみでも
80人くらいのボランティアを受け入れてたりしましたが、
正直言って、まだまだ人手は必要です。

そこのお父さん、お母さんが陽気で、明るくて
何だか、津波被害にあった親戚の家の手伝いに行ったような、
そんな感じでした。

私は、パレットを洗っていました。
乾燥してしまった泥や藁、カビが生えた米がこびりついたパレット。
それを一枚一枚洗っていきました。
ゴーグル、マスクも、もちろん真っ黒。

泥だしをしている男の人たちはとても大変そうだったけれど、
文句一つ言わず、働いていました。
泥まみれだけど、男の人も女の人も何だかみんな輝いて見えました。



私が滞在していた岩沼のテント村は公園でした。
まるでフェスみたいな感じだったけど、
聞こえてくるのは関西弁がとても多かったです。
やっぱり、自分たちも同じように地震被害があったから
他人事と思えなかった人が多かったようです。

年齢層も幅広く、私たちは65歳の元気いっぱいな大阪出身の
おっちゃんたちと仲良くなりました。。
ホットケーキにはちみつ、シナモンをかけたのをいただいたり。
しかも美味。
とにかくパワフルな4人でした。

あと、一見怖そうで、や○ざさんみたいな雰囲気?な人がいたけど、
話したら実はめちゃめちゃいい人でした。
多分、すごく心があったかい。って思う人にも会いました。
一人で来ていて、2週間以上ボランテイアで滞在すると言っていました。
人は見かけじゃないなと思いました。



若い人も多かったです。
恐らく、初めてテントをたててるだろう人もいました。
テントのたて方が下手だったので、一目見て、初だろうなって思いました。
でも、初テントでドキドキしてるだろうけど、
それでも、例え一人でも来ようっていう、
そういう気持ちに何だか心を打たれました。


沿岸部はまだまだ入れないところも多いです。
宮城に着いた日に、現地の友人のトモ家族が
沿岸部に連れて行ってくれました。

通行止めになって、信号もとまっていて、
自衛隊の人たちが交通整備していたり、
瓦礫となったものを片付けていました。

道路の両脇には瓦礫の山。

どこからか流れてきた船。

逆さまだったり、へこんだりしている車。

ボロボロになってしまった家。

何もなくなって、ぐしゃぐしゃになったコンビニ。


TVでも見てきた光景だったけれど、
それがずーっと延々と続いていました。
自分の目で見るその光景は、TVで見るものの何倍も怖かった。
空気が凍ったかのように感じた。

家や車に黄色や赤い旗がついているエリアもありました。
危険度を表しているようだけど、海に近ければ近いほど、
赤い旗だったように思います。


津波を受けたエリアは、焼け野原とは違うけれど、
なんていうのかな、
まるで戦後の日本でした。
(戦後は知らないけど・・・苦笑)


至るところにいた自衛隊。
自衛隊の人たち、かっこよく見えました。
普段、自衛隊のことを色々言う人もいると思うけど、
少なくとも、私が出会った現地の人たちはみんな、
自衛隊に感謝していました。
私も、自衛隊に感謝しているし、
自衛隊の人たちの頑張ってる姿を見て、
私たちも頑張ろうって思えました。


仮設住宅がテント村の近くに出来ていて、
ちょうど、仮設住宅に入る日に遭遇しました。
小さな表札とポストに名前が入っているのを見て
何だか私までちょっと嬉しくなりました。
決して状況はいいわけじゃないけれど、
避難所で寝るよりも、プライベートも少しだけあるわけで、
嬉しそうな顔を見るとこっちまで嬉しくなるわけです。

でも現状は、まだまだです。
避難所で生活してる人もいっぱいいるし、
いくら家が残っていたとは言え、大変な人もいっぱいいます。

避難所の外で、一匹の犬に遭遇しました。
遠くから悲しい泣き声が聞こえてくるので探してみると犬でした。
長いロープなのに、木にロープがからまって短くなっていたので
からまっているのを直しました。
この犬の主人がきっとそこの避難所にいるんだと思うけど、
この子もきっと津波の恐怖を味わったんだと思う。
ご主人が側にいないからなのか、
それとも、津波や地震の恐怖を思い出してるのか、
とても悲しい泣き声でした。
数日間、その犬に会いに行きましたが、
最後の日の夕方にはいなくなっていました。
きっと、ご主人様が仮設住宅とかに入れたんだろうな。
一緒に連れていってもらったんだろうな。
そう思いました。


岩沼市民からテント村に差し入れもありました。
やきそばもらったり、ボランテイアセンターで
ボランテイア向けに炊き出しがあったり。
ボランテイア先でも、おいしい豚汁や、ジュースの差し入れもありました。
みんな、すごくあったかかったよ。
被災者も、ボランテイアもみんながんばってたよ。


私が見てきたのは、ごく一部。
いくつもの県にまたいでいる今回の地震、津波被害。

街中はスーパーには物があるし、食料もあるし、
不自由はないように見えるところもある。

でも、そうでないところもいっぱいあって、
何だかそのギャップがまだ飲み込めません。


私に出来ることは何だったのかはまだわかんないけれど、
でも、現地に行って自分の目で見て、感じてきて、
行ってよかったと思っています。


基本的には自炊をしていましたが、
経済をまわすのも一つの手段。
現地にお金を落としていくのも一つの手段かな?
そう思って、牛タン、喜多方ラーメンも食し、
飲みにも行きました。

帰りには福島に寄りました。
宮城、福島の現地の友達たちの元気な姿も見れてよかった。
一安心しました。



GWも終盤にきて、ボランテイアの数も正直言って、
これからどんどん減ってしまうと思う。
これからも、確実に人手、ボランテイアは必要だと思う。
もし、行ってみようかと思ってる人がいるのなら
是非、いってください。
事前に下調べなんかはたくさんして行ったほうがよいけど、
でも、手は必要だから。


私は、現地にいるときは、「今、自分に出来ることをする。」
ってことに必死だった気がする。

でも、帰ってきてちょっと反省点もでてきてるから、
やっぱり、また行こうと思う。
というか、行く。



私、やっぱり東北好きなんだな~と思う。


がんばっぺー、東北!!!!


東北日記2

2011.05.07 23:20|地震
◆5月2日の日記

今日は体調があまりすぐれなくテントでウダウダしています…


昨夜から今朝にかけて風がすごくて
テントが飛ばされたり壊れたりしてる人たちが大勢いて
いつも夜8時くらいにはテント村は静かなのですが
(みんな泥出しやらで疲れて早寝)
昨夜はとんでもない騒ぎでした。

車がある人は車に移動して寝たり
車がない人たちは被災者のいる避難所に移っていったり
とにかくすごい風でした。

我が家(テント)も吹き飛ばされるんじゃないかと思ったけど
2人用で低いのと、着いた日にテント飛ばされた人がいたことを聞いていたので
ちゃんとテント張ったので、何とか耐えてくれてます。

テントも恐らく100張弱くらいあったけど
半分くらいはテント壊れたりたたんだりしてました。

風が強すぎてうるさいしテントが
飛ぶんじゃないかとヒヤヒヤでほとんど寝てない…


昨日のボランティアは先日も伺った農家さん。
かなり広大な土地なので人手はまだまだ必要です。

私は泥や、ヘドロと米が固まったのが付いたパレットを洗ったりしていました。

顔見知りも増え、農家さんのお父さんやお母さんが明るく陽気な方々なので
みんな働きやすいんだと思います。


午前中は亘理、山元町にも行きました。
海沿いエリアです。
言葉を失いました。


津波はここだけでなく色んな県をまたいだ広範囲です。

瓦礫の山。
それは誰かの家や家具、
誰かの大切だっただろう持ち物、車。

一瞬にしてそれらを奪ってしまった津波。
本当に恐ろしい。


GWだから今は人が多いけど
まだまだ助けは必要だと思うし、これからも継続していかなければならない。


昨日ボランティアを終えてスーパー銭湯に行き
テント村に戻ってきたら岩沼市民の方々から、
ボランティア向けに焼きそばの差し入れがありました。
被災地で大変な人も多いのにボランティアにまでその心遣い、
人と人の温かさを感じます。

ボランティアセンターでも先日はボランティア向けに炊き出しやらありラーメンもいただきました。

みんな助け合ってます。


明日、福島に向かいます。

東北日記

2011.05.07 23:18|地震
◆5月1日の日記

今、岩沼という仙台空港近くの街にいます
29日の早朝到着。

まぁさん(muff&rhythm9)と合流しましたが
まぁさんたちは先日、別に移動していきました。

私たちはテント生活も慣れてきて顔見知りも増えました。

昨日は津波被害にあった農家さん宅にボランティアに行ってきました

私なんかの力でも
少しは役にたったかと思うと嬉しいです。

今日ももうしばらくしたらボランティアに向かいます。

詳しい話は帰ってからゆっくり書きますが

津波被害があったところと
そうでないところのギャップが不思議な感じです…

私がテント生活しているところは比較的何でも揃います。

昨夜はスーパーに行ったけど、ある程度色々ありました。

よく見ると壁の崩れなんかはあったりするし、
道路が割れてたり地盤沈下もありますが。


でも、沿岸部は1ヶ月以上たってもまだまだです…
津波の恐ろしさを見せつけられてます。

何か現実を見せつけられました。
でもまだそれを消化しきれません。

私がそうなんだから
被災者の人も、そういう人は多いかと思います。
でも、昨日ボランティアさせてもらった家の方はとても前向きで
応援いっぱいしたくなるような方々でした。

こっちが負けそうなくらい明るい(明るく振る舞ってるのかも)お母さん。


あと数日、宮城に滞在します。

関西方面の人も多いです。
もしかしたら阪神の震災経験者の人も多いかもしれないな~と。

そして、自衛隊、すごいなと思います。
私が話した被災者たちのみんながみんな、
自衛隊すごくありがたいと言ってました。


名取の友達にも会えて、元気な姿を見れて良かった。
いいお父さんになってた。

『宮城に来てくれて、頑張ってくれてありがとう』
とチオビタを箱ごと差し入れてもらっちゃいました(笑)

今日もチオビタのんで頑張っていきます!


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