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プロフィール

アッキー

Author:アッキー
旅と写真、音楽がすき
カメラ片手にいつも
プラプラと旅しています


時々、写真展示もしてます
現在は「インド」の個展を
静岡県島田で開催中。

詳細→
http://tabisuruasia.blog.fc2.com/


ほっこり、ゆるく生きてます

☆PEACE☆


.
8/14に開催された
写真展記念partyの動画








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アイシテル

2012.03.16 00:13|地震
ここ最近、なんだか忙しいような、忙しいわけでもないけど
ブログ書かなかった日が続いて、まとめてアップしちゃったりしてます。。。

ただ、やっぱりこれは書きたいなと思って書くことにしよう。

2011.3.11

あの日から1年が過ぎた。
なんとも言えない複雑な気持ち。
TVでは津波、被災地の映像ばかり。
見てて悲しい気持ちでいっぱいになった。
見なければいいのに、見ては涙して、見ては涙して・・・
その繰り返し。
テレビで震災後に訪れた土地が映る度、
「あ、あの時より片付いてる!」とかそんな目線で見ていた。
思い入れがある南三陸町から放送している番組をずっと見ていた。

私は被災者ではないけれど、1年前のあの出来事の後、
3度程だけど、被災地に行って少なからず現地を見て、感じてきた。
あの時のショックは今でも鮮明に思い出せるくらい。

だけど被災者の中には家族や大切な人を失っている人もいっぱいいて、
未だに行方不明な人もいっぱいいる。
ココロに大きな穴があいて、大きな傷が出来て、
それが開いたままの人だっていっぱいいると思う。

神様って不公平だ。
何で、あんなにつらい目にあわなきゃいけないんだろう?
そんなことばかり考えてしまう。

それでも前を向いて歩こうとしている人たちもいっぱいいるのも事実で。
時間が止まったままの人もいれば、
時計の針が動き始めている人もいる。

悲しみの大きさは測りきれないけれど、
それでもそういう人たちが、
あたたかい光を感じられる日が早くきますように。

そして、遠くにいってしまったかけがえのない大切な命。
ご冥福を祈ります。



Monkey Majikが被災地でボランテイアしてたのは知っていた。
彼らの「アイシテル」という曲。
すごくしっくりくる。








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災害派遣等従事車両証明書

2011.06.02 23:27|地震

「災害派遣等従事車両証明書」

の仕組みについて詳しい人いますか?

災害派遣等従事車両証明書を持ってる車は、
被災地へ救援に向かう場合、高速道路の料金が免除されるのです。

物資を運んだり、ボランティア団体に所属してる人は
おそらく発行されやすいんだけど、
前回、地元のボランティアセンターで聞いてみたら
個人への発行は難しいと思う。と言われました。
でも、ネットで見てると発行してもらってる人が結構いるっぽくて、
チャレンジしてみようかな?とか思ったりもしたんだけど、
書類やら規定やらがめんどくさそう・・・

おまけに書類に記載してある日付けを越えたらどうなるの?とか、
記載してあるICから別のところに立ち寄りたい場合はどうなるの?とか、
何か、きっちりスケジュール決めていかなきゃ無理そうなんだよね~。

使えたら便利ですが、
実際問題、予定通りに行動が出来ない私としては
スケジュールをきちんと決める。
ということが非常に、ハードルが高いわけです(苦笑)

さて、どうしたものでしょう?

誰か申請した人、利用した人、いますか?

回復

2011.05.15 16:14|地震
ご心配おかけしました。

アッキー回復しました。

あったかい言葉、色んなアドバイス、
本当にありがとう。

でも、自分のメンタル面の弱さも分かったし、
(でも、これは多分被災地を訪れた人はきっと感じることだと思う)、

色んな意味でいい勉強、経験になりました。


でも、現地に行くことは、
私には必要なことだったと思うし、
それを経験するのは大切なことだと思いました。
行った人、見た人、感じた人じゃないと分からないものが
そこにはやっぱりあるんだよ。


そして、それでもやっぱりまた行きたい。
その気持ちは変わりません。

見たからこそ、感じたからこそ、
あの場所が少しずついい方向に変わっていくのを
ちゃんと見届けたいし、応援したい。

もし行きたいと思って迷ってる人がいたら、
本当に是非行ってほしい。
まだまだ人手は必要です。本当に。





◆宮城災害ボランティアセンター
http://msv3151.c-bosai.jp/index.php?top

◆岩手災害ボランテイアセンター
http://www.iwate-shakyo.or.jp/

◆福島災害ボランテイアセンター
http://www.pref-f-svc.org/

◆被災地の色んな県をまとめてます
http://www.saigaivc.com/県災害vc/


弱音

2011.05.07 23:28|地震
東北での日記を一気にアップしました。

4/28 出発
4/29 宮城(名取、岩沼)到着
4/30 岩沼でボランティア
5/1  岩沼でボランティア
5/2 岩沼滞在
5/3  福島(喜多方、福島市移動)
5/4  早朝に東京着。用を済ました後、夜、帰宅。

こんな感じのGWでした。
帰ってきた日の夜は大丈夫だったんだ。
まだ緊張の糸が張ってたのかもしれない。

でも、何かこっちに戻ってきてからもずっと体調が優れず、
全く疲れがとれない。

昨日は仕事が終わって帰宅して少し寝て、
ご飯食べて9時半とかには寝たのに全く疲れがとれず、
久々に出来てしまった唇ヘルペスも全く治らない。
いつもは翌日には治ってしまうくらいなのに、
今回はすでに5日以上治らないまま。
こんなの初めてだ。

こんな脱力感、初めてだ。

ずっとずっと考えてた。
何でこんなに疲れがとれないんだろう?
確かに、昔と比べると体力が落ちてるのは否めないし、
「手術の影響で疲れやすくなる」って同じ手術をした人から聞いてるから
去年の手術の影響もあるとは思うけど、
あまりにおかしい。

そこでふと気づいてしまった。

私、もしかしたら身体的なものじゃなくて
精神的なものから疲れが取れないのかも。。。と。

多分、思いのほか、消化できてないんだと思う。
頭ではわかってるけれど、心がまだそれを受け入れきれてない。

現地では「今、目の前にあること」を
一つずつこなしていくことに必死だった。
だけど、今はそうじゃなくて。

現地にいた時よりも今の方が辛い。

現実を見て、受け止めて、自分は大丈夫。って思ってたけど
思った以上にダメージを受けていたみたい。
全然大丈夫じゃなかったんだ・・・きっと。

でも、それに気づいた瞬間、
少しだけモヤモヤしてたものが小さくなった。
この無力感に少しだけ理由付けができた気がした。


こんなこと書いてて、そんなこと言うなら行かなければいいのに。
って思う人もいるかもしれないね。

確かにその通りかもしれない。


でも、行かなければこういう思いは感じなかったと思うし、
それでもやっぱりまた現地に行きたいっていう気持ちがあるんだよ。


私は被災者じゃないし、
今は何でも普通にある生活をしてるけど、
でもやっぱり被災地のことを思うと、
どうしようもない感情がどっと溢れてきて、
それを言葉にするのはすごく難しいし、
被災者の人たちの悲しみに比べたら私の悲しみなんて
本当にちっぽけだけど、
でも、痛みを感じてる自分に気づいて、
ちょっとだけほっとした。
身体的な疲れだけじゃなくて、心が折れそうになってるから
なかなか回復しなかったんだなって、
そう思ったんだ。

だから今回のこの無力感、脱力感、
そしてこのヘルペスは、
私が感じてる痛み、苦しみなんだ。
そして、それを乗り越えなきゃいけないんだってことも
心のどこかでは、分かってるんだよ。



弱音な日記だけど、
きっと後々これを読んで
「わたし、よわかったなー」
って後になって思う時が来るかもしれないし、
この今の感情を絶対に忘れてはいけないと思うから。


少しずつ、元気になっていくと思うから
こんな私ですが、みなさん、あたたかく見守ってやってください。


でもね、それでもやっぱり現地にまた行きたい
っていう気持ちは変わらないよ。
むしろ、強くなってる。
なんでだろうね。


東北日記 完結

2011.05.07 23:22|地震
◆5月5日の日記

何から書いていいのかわかりませんが、
昨夜、無事に自宅に戻りました。

今日は長くなりそうです。


私が訪れたのは、岩沼、名取、山元町、亘理という
仙台空港近辺のエリアでした。

ボランテイアをしたのは体調を崩してしまったので2日間のみ。
ボランテイア受付にはすごく人がいっぱい並んでいました。
GWというタイミングだったので、多くの人が様々なところから
東北入りしていました。

私がボランテイアをさせてもらったのは、
岩沼で恐らくベスト3に入るくらいの大きな農家さん。

津波の影響で田んぼの中に大木があったり、
ヘドロまみれだったり。
私がいた時、その農家さん宅のみでも
80人くらいのボランティアを受け入れてたりしましたが、
正直言って、まだまだ人手は必要です。

そこのお父さん、お母さんが陽気で、明るくて
何だか、津波被害にあった親戚の家の手伝いに行ったような、
そんな感じでした。

私は、パレットを洗っていました。
乾燥してしまった泥や藁、カビが生えた米がこびりついたパレット。
それを一枚一枚洗っていきました。
ゴーグル、マスクも、もちろん真っ黒。

泥だしをしている男の人たちはとても大変そうだったけれど、
文句一つ言わず、働いていました。
泥まみれだけど、男の人も女の人も何だかみんな輝いて見えました。



私が滞在していた岩沼のテント村は公園でした。
まるでフェスみたいな感じだったけど、
聞こえてくるのは関西弁がとても多かったです。
やっぱり、自分たちも同じように地震被害があったから
他人事と思えなかった人が多かったようです。

年齢層も幅広く、私たちは65歳の元気いっぱいな大阪出身の
おっちゃんたちと仲良くなりました。。
ホットケーキにはちみつ、シナモンをかけたのをいただいたり。
しかも美味。
とにかくパワフルな4人でした。

あと、一見怖そうで、や○ざさんみたいな雰囲気?な人がいたけど、
話したら実はめちゃめちゃいい人でした。
多分、すごく心があったかい。って思う人にも会いました。
一人で来ていて、2週間以上ボランテイアで滞在すると言っていました。
人は見かけじゃないなと思いました。



若い人も多かったです。
恐らく、初めてテントをたててるだろう人もいました。
テントのたて方が下手だったので、一目見て、初だろうなって思いました。
でも、初テントでドキドキしてるだろうけど、
それでも、例え一人でも来ようっていう、
そういう気持ちに何だか心を打たれました。


沿岸部はまだまだ入れないところも多いです。
宮城に着いた日に、現地の友人のトモ家族が
沿岸部に連れて行ってくれました。

通行止めになって、信号もとまっていて、
自衛隊の人たちが交通整備していたり、
瓦礫となったものを片付けていました。

道路の両脇には瓦礫の山。

どこからか流れてきた船。

逆さまだったり、へこんだりしている車。

ボロボロになってしまった家。

何もなくなって、ぐしゃぐしゃになったコンビニ。


TVでも見てきた光景だったけれど、
それがずーっと延々と続いていました。
自分の目で見るその光景は、TVで見るものの何倍も怖かった。
空気が凍ったかのように感じた。

家や車に黄色や赤い旗がついているエリアもありました。
危険度を表しているようだけど、海に近ければ近いほど、
赤い旗だったように思います。


津波を受けたエリアは、焼け野原とは違うけれど、
なんていうのかな、
まるで戦後の日本でした。
(戦後は知らないけど・・・苦笑)


至るところにいた自衛隊。
自衛隊の人たち、かっこよく見えました。
普段、自衛隊のことを色々言う人もいると思うけど、
少なくとも、私が出会った現地の人たちはみんな、
自衛隊に感謝していました。
私も、自衛隊に感謝しているし、
自衛隊の人たちの頑張ってる姿を見て、
私たちも頑張ろうって思えました。


仮設住宅がテント村の近くに出来ていて、
ちょうど、仮設住宅に入る日に遭遇しました。
小さな表札とポストに名前が入っているのを見て
何だか私までちょっと嬉しくなりました。
決して状況はいいわけじゃないけれど、
避難所で寝るよりも、プライベートも少しだけあるわけで、
嬉しそうな顔を見るとこっちまで嬉しくなるわけです。

でも現状は、まだまだです。
避難所で生活してる人もいっぱいいるし、
いくら家が残っていたとは言え、大変な人もいっぱいいます。

避難所の外で、一匹の犬に遭遇しました。
遠くから悲しい泣き声が聞こえてくるので探してみると犬でした。
長いロープなのに、木にロープがからまって短くなっていたので
からまっているのを直しました。
この犬の主人がきっとそこの避難所にいるんだと思うけど、
この子もきっと津波の恐怖を味わったんだと思う。
ご主人が側にいないからなのか、
それとも、津波や地震の恐怖を思い出してるのか、
とても悲しい泣き声でした。
数日間、その犬に会いに行きましたが、
最後の日の夕方にはいなくなっていました。
きっと、ご主人様が仮設住宅とかに入れたんだろうな。
一緒に連れていってもらったんだろうな。
そう思いました。


岩沼市民からテント村に差し入れもありました。
やきそばもらったり、ボランテイアセンターで
ボランテイア向けに炊き出しがあったり。
ボランテイア先でも、おいしい豚汁や、ジュースの差し入れもありました。
みんな、すごくあったかかったよ。
被災者も、ボランテイアもみんながんばってたよ。


私が見てきたのは、ごく一部。
いくつもの県にまたいでいる今回の地震、津波被害。

街中はスーパーには物があるし、食料もあるし、
不自由はないように見えるところもある。

でも、そうでないところもいっぱいあって、
何だかそのギャップがまだ飲み込めません。


私に出来ることは何だったのかはまだわかんないけれど、
でも、現地に行って自分の目で見て、感じてきて、
行ってよかったと思っています。


基本的には自炊をしていましたが、
経済をまわすのも一つの手段。
現地にお金を落としていくのも一つの手段かな?
そう思って、牛タン、喜多方ラーメンも食し、
飲みにも行きました。

帰りには福島に寄りました。
宮城、福島の現地の友達たちの元気な姿も見れてよかった。
一安心しました。



GWも終盤にきて、ボランテイアの数も正直言って、
これからどんどん減ってしまうと思う。
これからも、確実に人手、ボランテイアは必要だと思う。
もし、行ってみようかと思ってる人がいるのなら
是非、いってください。
事前に下調べなんかはたくさんして行ったほうがよいけど、
でも、手は必要だから。


私は、現地にいるときは、「今、自分に出来ることをする。」
ってことに必死だった気がする。

でも、帰ってきてちょっと反省点もでてきてるから、
やっぱり、また行こうと思う。
というか、行く。



私、やっぱり東北好きなんだな~と思う。


がんばっぺー、東北!!!!


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